2003年3月19日水曜日

珊瑚集:ぴあの ポオル・ヴヱルレヱン


『珊瑚集』ー原文対照と私註ー

永井荷風の翻訳詩集『珊瑚集』の文章と原文を対照表示させてみました。翻訳に当たっての荷風のひらめきと工夫がより分かり易くなるように思えます。二三の 私註と感想も書き加えてみました。

ポール・ヴェルレーヌ
原文       荷風訳
(Le piano...)  PAUL VERLAINE
Son joyeux, importun d'un clavecin sonore.
(Pétrus Borel) 

Le piano que baise une main fréle
Luit dans le soir rose et gris vaguement,
Tandis qu’avec un très léger bruit d’aile

Un  air bien vieux, bien faible et bien charment
Rôde discret, épeuré quasiment
Par le boudoir longtemps parfumé d’Elle.

Qu’est-ce que c’est que ce berceau soudain
Qui lentement dorlote mon pauvre être ?
Que voudrais-tu de moi, doux chant badin ?

Qu’as-tu voulu, fin refrain incertain
Qui vas tantôt mourir vers la fenêtre
Ouverte un peu sur le petit jardin ?
(Romances sans Paroles) 

ぴあの ポオル・ヴヱルレヱン



しなやかなる手にふるるピアノ
おぼろに染まる薄薔薇色の夕に輝く。
かすかなう翼のひびき力なくして快き
すたれし歌の一節は
たゆたひつつも恐る恐る
美しき人の移香こめし化粧の間にさまよふ。
ああ我思ひをばゆるゆるゆする眠りの歌、
このやさしき唄の節、何をか我に思へとや。
一節毎に繰り返す聞えぬ程の REFRAIN は
何をかわれに求むるよ。
聞かんとすれば聞く間もなく
その歌声は小庭の方に消えて行く。
細目にあけし窓のすきより。

ヴェルレーヌの「ことばなき恋歌」からです。優れて音楽的な詩を書いたヴェルレーヌですが、これは「ピアノ」と題したそのものズバリの音楽の詩。ランボー との放浪時代に書かれたものです。荷風は音楽が好きでした。でもピアノは弾かなかった。漱石の『猫』にヴァイオリンを弾きたいがガキ大将の制裁が怖いとい うお話しがありましたが、荷風も軟派だとして学校時代ひどく虐められたから、その上ピアノまで弾いたら目も当てられなかったのでしょうね。制裁を加えたの が陸軍大臣になったりなんかして、それも荷風が軍人を嫌った理由のようです。"le soir rose et gris vaguement"  を「おぼろに染まる薄薔薇色の夕」と訳してますが、素晴らしい。でもどうして "Le piano que baise une main fréle" を「しなやかなる手にふるるピアノ」と婉曲的に上品に訳したのかな。「しなやかな手に接吻するピアノ」と直訳したほうが、ちょっとエロティックでよかった のじゃないかと思うけど・・・。

余丁町散人 (2003.3.19)

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訳詩:『珊瑚集』籾山書店(大正二年版の復刻)
原詩:『荷風全集第九巻付録』岩波書店(1993年)

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